シニア世代の健口(けんこう)生活:10
前回のコラムでは、フレイルの正体から、それが全身に及ぼす恐ろしい連鎖(ドミノ倒し)、最新の統計データ、見逃しやすい初期サインの発見法を解説していきました。
そして今回のコラムでは家庭やオフィスで手軽に実践できる口腔トレーニングまで、徹底解説いたします。
プロも行う簡易テスト:「パタカテスト(オーラルディドコキネシス)」
お口の筋肉(唇や舌)の動きやスピードを自宅で簡単に測定できる「パタカテスト(オーラルディドコキネシス)」の詳しいやり方を共有いたします。
◆ お口の筋力テスト:「パタカテスト」の測定手順
【準備するもの】
・タイマーまたはストップウォッチ(スマホのアプリで可)
【手順】
1. タイマーを「5秒」にセットします。
2. 「パ」「タ」「カ」の各文字を、文字ごとに分けて測定します。
3. 唇や舌をできるだけ素早く・ハッキリ動かしながら、発音を連打します。
例:「パパパパパ…」と5秒間できるだけ速く発音する。
4. 5秒間で発音できた回数を数え、5で割って「1秒あたりの回数」を計算します。
(例:5秒間で30回言えた場合 = 1秒あたり6回)
◆ 各音の意味と合格ライン
■「パ」の発音:【唇の筋力】
・唇をしっかり閉じて弾く力です。(食べこぼし防止に関係)
■「タ」の発音:【舌の先の筋力】
・舌先を上顎に力強く押しつける力です。(食べ物を噛み砕くことに関係)
■「カ」の発音:【舌の奥の筋力】
・舌の奥を持ち上げる力です。(食べ物を喉へ送り込む・むせ防止に関係)
【判定基準】
・1秒あたり「6回以上」…… 正常(合格ライン)
・1秒あたり「6回未満」…… 唇や舌の筋肉が衰えているサイン(オーラルフレイルの疑い)
滑舌の確認や、日頃のお口のトレーニングの成果測定にご活用ください。
もっと正確にお口の筋肉(舌と唇)の動きを調べたい場合、ご自宅で簡単にできる「オーラルディドコキネシス(パタカテスト)」をお試しください。
今日から逆転!お口を若返らせる「大人のオーラル体操&トレーニング」
前回のコラムからお伝えした通り、オーラルフレイルの最大の救いは「早期に手を打てば、筋肉と機能は何度でも若返る(引き返せる)」という点です。
ここでは、毎日わずか数分で実践でき、科学的に効果が証明されている「お口の筋トレ&体操」を厳選してご紹介します。
1. 舌の筋力を劇的に鍛える「ペコパンダンス(ペコパン体操)」
舌は全方向に向かって動く巨大な筋肉の塊です。舌の筋肉(舌筋)を効率よく鍛えることで、滑舌、飲み込み、噛み砕きすべての機能が底上げされます。
「ペコ」運動(舌を上顎に押しつける):
舌全体を、お口の天井(硬口蓋:こうこうがい)に向かって「ペタッ」と強く押しつけます。そのまま「ペコッ」と音を立てるように勢いよく舌を剥がします。これを10回繰り返します。舌を持ち上げる筋肉(舌骨上筋群)が強力に鍛えられます。
「パン」運動(唇を鳴らす):
唇を中に少し巻き込み、「パンッ!」と音を立てて弾くように開きます。これを10回繰り返します。口輪筋が鍛えられ、食べこぼしや口の端からの漏れを防ぎます。
2. 喉の飲み込みパワーを蘇らせる「嚥下筋(えんげきん)トレ」
むせ込みを防ぎ、力強く飲み込む力を取り戻すための最高峰トレーニングです。
「額押し(ひたいおし)体操」:
1. おでこ(額)に自分の手のおひらを強く当てます。
2. 手はおでこを後ろへ押し、おでこは手に抵抗するように前へ強く押し返します(お互いに押し合いっこをする)。
3. 視線はおへそに向け、喉仏あたりに強く力が入っているのを感じながら、5秒間キープします。これを5回行います。
※喉の周りの筋肉(舌骨上筋群)が鍛えられ、飲み込む際の喉仏の持ち上がりが劇的にスムーズになります。
「メンデルソーン手技(喉仏キープ)」:
生唾を飲み込む際、喉仏が一番上に持ち上がった瞬間で「ごっくん」の動きをストップし、喉仏を一番高い位置で2〜3秒間ギュッとキープしてから脱力します。これを3〜5回行います。
3. 表情筋と唾液腺をダブル刺激する「パタカラ体操」
食前の準備運動として、全国の介護予防現場でも絶大な効果を上げている決定版の体操です。
「パ・タ・カ・ラ」を大きくハッキリ発音する:
単に声を出すだけでなく、顔全体の筋肉を「これでもか」というくらい大げさに動かしながら行います。
「パ」: 唇を前に突き出して、はじく!(10回)
「タ」: 舌先を上の前歯の裏に強く打ちつける!(10回)
「カ」: 喉の奥をグッと締めて発音!(10回)
「ラ」: 舌先を丸めて、上顎をなでるように発音!(10回)
これを毎食前に1セット行うだけで、お口のウォーミングアップが完了し、食事中のむせや食べこぼしが劇的に減少します。また、唾液腺が刺激されて唾液が大量に分泌されるため、消化もしやすくなります。
第6章:食事と生活習慣から整える「オーラルフレイル予防戦略」
筋肉のトレーニングと並んで不可欠なのが、毎日の「食生活」と「ライフスタイル」の見直しです。お口の筋肉を日常的に使い続けるための環境づくりを行いましょう。
1. 意識して「高咀嚼食材(噛みごたえのある食材)」を取り入れる
柔らかいものばかり食べていると、いくら体操をしても筋肉は再び衰えていきます。日々の食卓に「意図的に噛みごたえのある食材」をプラスしましょう。
食材の選び方:
ごぼう、れんこん、竹の子、干し椎茸、タコ、イカ、赤身のお肉、玄米、雑穀米など、繊維質や弾力のある食材を毎日の献立に最低1品は組み込みます。
調理法の工夫:
野菜を千切りにするのではなく、「大きめの乱切り」にする。加熱時間を少し短めにして「シャキシャキ感」を残す。お肉もひき肉(ハンバーグ)ばかりではなく、厚切り肉を包丁で隠し包丁を入れて調理するなど、咀嚼回数を自然に増やす工夫を施します。
2. 「筋肉の材料」となるタンパク質を毎食しっかり摂る
お口の筋肉を鍛えても、その材料となる栄養素(タンパク質)が不足していれば、筋肉は太くなりません。
大人のフレイル予防において推奨される1日のタンパク質摂取量は、「体重1kgあたり約1.0g〜1.2g」です(体重60kgの人なら、1日60g〜72gのタンパク質が必要)。
毎食「片手の手のひら1枚分」のタンパク質を意識する:
朝食:タマゴ1個+納豆1パック
昼食:肉または魚メインのおかず
夕食:魚または肉+豆腐料理
このように、3食均等にタンパク質を分散して摂取することが、筋肉の合成率を最大化する鍵となります。
3. 社会的交流(人と喋る・会食する)を絶やさない
オーラルフレイルの最大の敵は「孤立」と「無口」です。
一人暮らしで一日中誰とも喋らず、テレビを見て過ごしていると、お口の筋肉や舌は全く使われません。これは、足にギプスをはめて一日中ベッドで寝ているのと同じ状態です。
人と話すことは最高のお口の筋トレ:
友人や地域の人と積極的にお喋りをする、電話で会話する、趣味のサークルに参加する、歌を歌う(カラオケや合唱)などは、お口の広範囲な筋肉と脳を同時に活性化する最高のオーラルケアです。
「楽しく会食する」ことの意義:
人と一緒に楽しく食事をすると、自然と咀嚼回数が増え、唾液の分泌も盛んになります。孤食(一人での食事)を減らし、共食の機会を意識して作ることが、オーラルフレイルを遠ざける強力なシールドとなります。
4. 予防歯科のプロ(歯科医師・歯科衛生士)をパートナーにする
何より忘れてはならないのが、「お口の物理的基盤(歯の数と健康状態)」を整えることです。
どれだけトレーニングをしようとしても、むし歯で歯が痛かったり、歯周病で歯がグラグラしていたり、適合の悪い痛い入れ歯を使っていたりしては、満足に噛むことなどできません。
1~3ヶ月に1回の定期メインテナンス:
かかりつけの歯科医院を持ち、定期的にむし歯や歯周病のチェック、プロによるお口の掃除(PMTC)を受けましょう。
「口腔機能低下症」の専門検査を受ける:
現在、65歳以上の高齢者などを対象に、歯科医院で「口腔機能低下症」の精密検査が保険適用で行えます。舌圧(舌の押す力)や咀嚼能力、お口の清潔度などを数値化して測定できるため、自分の現在地を客観的に把握するうえで非常に有益です。
お口の若々しさは、あなたの「これからの人生」そのもの
私たちは誰しも、歳を重ねるにつれて身体の変化に直面します。髪に白いものが混じるようになり、目に老眼が入るのと同じように、お口の筋肉や喉の機能も静かに、少しずつ変化していきます。
しかし、髪や目と違って、お口の機能(オーラル機能)には「鍛え直せば、いつでも若返る」という素晴らしく希望に満ちた性質があります。
「滑舌が少し悪くなったかな」「最近、お茶でむせることが増えたな」「硬いお肉を避けるようになったな」——。
もし、ご自身や大切なご家族の生活の中に、そのような小さなサインを見つけたら、どうかそれを「歳だから」と一片の諦めで片付けないでください。それは、あなたの身体が発してくれた「今ならまだ間に合うよ!お口をお手入れして!」という愛あるSOSなのです。
今日から箸を置くたびに「ペコパン体操」をしてみる。毎食前に「パタカラ」と声を高らかに出してみる。大好きなお肉や根菜を、一口30回じっくり噛み締めて味わってみる。そして、信頼できる歯科医師や歯科衛生士とともに、お口の環境をいつもピカピカに磨き上げておく。
その小さな意識と行動の積み重ねが、オーラル・フレイル・ドミノを力強く押し返し、あなたから「要介護」や「寝たきり」の未来を遠ざけてくれます。
何歳になっても自分の足で歩き、自分の口で好きなものを頬張り、大好きな人と声高らかに笑い合える人生。その輝かしい未来の扉を開く鍵は、ほかでもない、今あなたのお口の中に握られているのです。自分自身のお口の可能性を信じて、今日から新しいオーラルケアの習慣を踏み出していきましょう。
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ドクタープロフィール
原歯科医院 院長
原 英次
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